自分にとって心地が良い場所や人と接すると身体は緩み呼吸が深まる。
自分にとってなんか嫌な場所や人と接すると身体は緊張し自然と呼吸が浅くなる。
身体と呼吸は正直。
でも思考は嘘をつける。
自分自身を騙せる。
どこかで嫌な感覚(違和感)はありつつも、でもいい人だからとか、みんながいいと言っているからとか、頭であれこれ思考して嫌という感覚を無視することもできる。(その逆も然り。ほんとは良いとか好きと感じているのにそれを抑え込むとか)
自分の身体から湧いてくる感覚を無視することを繰り返していると(時には仕方がないこともあるけど)、だんだんと身体からの声に鈍感になってくる。
思考が優先され自分の中でバグが起こる。
時計の針が狂いはじめるかのように、自分の羅針盤が狂いはじめ、これは正しい? 合っている? と自分の外に正解を探し始める。
外に正解を求め始めると、生きること自体がなんだか苦しくなる。
身体の緊張が強くても同じことが起きやすい。
ノイズが強いと自分が何を感じているのかが拾えなくなる。
そういう意味でも身体(動きと呼吸)を整えること、身体の緊張を緩め身体の声を聞く練習をすることは、自分が自分として生きやすくなるための手助けになる。
自分の内にある羅針盤。
どこまで繊細に、身体からの小さな声をキャッチできるのか。
今通っている呼吸・整体では、そんなことも学んでいる。
身体を動かすこと、ヨガの練習においても、私が大事にしたいことはそのような事なのだなと改めて感じている今日この頃です。

シンプルな何気ない動きほど丁寧に。