スマホやアプリのアップデート、最新システムにバージョンアップ。
その度に使いやすくなったり、おお!と新機能に驚いたり、目新しかったりしてわくわくしたりします。
で、ふと思うのは自分自身はどうなのか?
世の中が便利になればなるほど、ボタン一つで事すんだり、全部スマホが記録してくれたりで、人間そのものは身体を動かすことが少なくなり、以前ほどに色々なことを覚えておかなくてもよかったりと、身体と脳とか神経系とか諸々の人間自体のシステムはあまり働かせなくてもよくなっています。
そのこと自体は悪いとか良いとかはさておき。
事実として身体を動かさなくなるということは、それだけ身体に備わっている機能を作動させなくなるということに等しい。
実際に身体は動かさないところは動きづらくなっていき、動かないところは感じづらくなっていきます。
結果として、身体が硬いと感じる、動きづらいと感じる、重い、凝ってる...。
(イメージとしては自分の身体とどんどん疎遠になるイメージ)
周辺機器や環境のアップデートは楽しいけど、自分自身のアップデート、もしくはバージョンアップってなんなのだろう?とふと考える。
なんか超動きやすい!とか、身体の新たな感覚におお!と驚いたり、呼吸がすごい! 身体が軽い! 超気分いい! みたいな? その延長線上に、サクサク物事を進められる、勘が冴えるとか直感がやたらと働くとか、未来がわかるとか?
どうなんでしょう? すごいできる人みたいな??
でも最終的に目指したいところは、優秀な人間ではなくて(無理)、自分がやってて楽しい、幸せと感じる事と人が喜んでくれる事が繋がって生きるのが楽しい、みたいな地に足ついた事なのではないかなとも思ったり。
身体にコンピューティングシステムが埋め込まれたりサイボーグ化でもされない限り、身体は動物であり、生身であり、アナログな生き物であることには変わりはない。
というか、アップデートとかバージョンアップではなくて、本来備わっている能力を起こしていきましょう、眠っているポテンシャルを呼び起こせ、的な話なのかもしれません。
話は変わって。
ヨガのレッスンに初めて来られる方の多くが、身体がガチガチに固まってるんです、背中が痛い、動かさないとやばい、呼吸が浅いと感じる、といった理由で来られたりします。
同じように感じているけど、ヨガとかピラティスってなんかハードル高いと感じている方がいらっしゃれば(そういう声も耳にします)、歩く(できれば舗装されていないところ)ことから初めてみるのもいいかもしれません。
歩くという行為は人の基本的な営みでもあります。身体の構造や働きから見ても、歩く事でいわゆる"整う"状態になりやすい。
まずは基本から。
(と言いつつも、私もそんなに歩いてはいない、、、苦笑)
