前回は主にカルマのお話でした。
私たちはグナとカルマによって縛られているために、輪廻転生のループに入るとギーターでは伝えられています。
ではグナに縛られない様にするためには?カルマの反動を受けないためには?などなど。
そしてその答えもギーターでは伝えられています。その中の一節。
「無理なく入ってくるもので満足し、(幸不幸などの)二元相対性を超越し、他人を羨まず、成功・失敗に心を乱されない者は、どんな仕事をしても束縛されない。」(BG4-22)
今世で入ってくるものはもう既に決まっていると言われています。今世で必要な物は全て与えられているし、必要以上のものは入ってこない。
物質的価値観は人を惑わせます。
物資的価値観は人によって作り出されます。
物質的価値観は時代によって移り変わります。
数多ある情報に惑わされて、何が正しい(リアリティ)なのか分からないから、悩み、迷い、あれが必要、これが必要、という欲望が生じてくる。
そもそも「自分のもの」なんて何一つなく、私たちはちっぽけな存在です。
もし身体が自分のものだったら、自分の意の通りにコントロールできるのなら、病気や寿命もコントロールできるはずです。
この身体も命も家族も仕事も全部全部与えられていて、自分のものなんて何一つない。
そう赤ちゃんがお母さんに頼らないと生きていけないように、私たち生命体は私たちを生み出した大いなるもの、自然の摂理、または神、創造主に頼らないと生きていけない。
大いなるものに身を委ね、頼って、来るものを拒まず受け入れていけば、流れに入り、無理なく入ってくるものに自然と満足するようになる。
二元相対性とは、成功・失敗、好き・嫌い、優劣、などのジャッジメント=エゴ。
これはいい、これはだめ、この人はこう、あの人はああ、などエゴでジャッジメントして物事を隔てて見ることは、自分で自分を縛り付けているし、問題を生む物事の見方です。
そして何より、エゴが強いと愛情が枯渇していく。
愛情が枯渇すると物質的なものや、感覚的満足を満たす喜び(食べる喜びとか)に走ってしまう。
全ての現象に喜び(愛情)を見出す視点、愛情のある喜びが本当の幸せ。
全てが与えられていて、生かされていると言う実感(愛情)がある人は常に満足していて、心が至福に満たされています。
そうエゴがなく、純粋な状態。
意識が純粋なもの(大いなるもの・創造主)と繋がっている行為はカルマの反動を受けない、束縛されない、とギーターでは伝えてくれています。
